「〈ケア〉を考える会」とは

日々の仕事や生活に追われて、ただ過ぎていくだけの毎日……。
学びたい。
もっと輝きたい。
内から自分を変えてみたい。
そんな思いから、この会は生まれました。

この会は、〈ケア〉現場で働く人や、〈ケア〉について考える人の学習の場です。
私たちは、〈ケア〉をさまざまな視点から掘り下げていきます。
そして、その学習をとおして「ケアの哲学」とでもいうようなものを追求します。
〈ケア〉に携わる者として、その根本的な“支え”となるものを求めています。

 

                          〈ケア〉を考える会

                                代表 林 道也

 


読む、話す、聴く、食べる、飲む……

 

〈ケア〉って何だろう。
「〈ケア〉の哲学」というようなものがあるのだろうか。

 

そんなことを思いながら、いろいろな本を読みあいます。
読んだことが、すぐに〈ケア〉の現場で生かされるというようなことはほとんどありません。 しかし、そこで学んだことが、あとから、じわじわと、ボディーブローのように効いてくるのです。
といっても、読書会の後の食事会・飲み会が楽しくて、この会は今まで続いてきたようなところがありますが。

 

本を読むこと。
話すこと。
聴くこと。
語り合うこと。
食べること。
飲むこと。
学ぶこと。
これらはひとつのことなのです。
そのなかで、「自分」が作られてきたようにも思います。

 

長田弘さんは『幸いなるかな本を読む人』のなかで
「わたしが本について、ではなく、わたしが本によって語られているという、どこまでも透きとおってゆくような感覚」
と述べています。
〈ケア〉と同様に、「わたし」と「本」の関係も「双方向」です。

 

「「私」とは、生活の歴史のなかで積み上げてきた他者との共同的な関係の、その場その場の集大成である」
浜田寿美男さんのことばです。

 

「他者」(本も含む)との「関係」が、「わたし(私)」を豊かにします。

 

 

鷲田清一さんの言葉から

 「ケアの問題のいちばんの核心にあるのは、ひとにおいてはだれかの傍らにいるというただそれだけのことで、力を与え合うという関係が両者のあいだに発生することになるのはなぜか、という問いだ……」
  (『死なないでいる理由』135頁)

例会 会場地図

   京都市山科区安朱中溝町3−2 (山添 宅)